都海 瑛の ナナメニマッスグ

肩書きや性別や住まいに囚われない物書きをしたいと思っています

私は基本、舐められる

初めて会った人には、顎をあげて角度をつけ、じっと上から睨みつけることにしている。そしてその視線の中に、お前の目の前にいる人間は舐めてかかると痛い目に合うぞ、と呪詛を込める。
相手がにこやかに話している間は、決して相槌を打たない。なんなら微動だにしない。
立って話すなら腕を組む。座って話すなら腕と脚を組む。
そのままただひたすらに、目を合わせて威嚇するのだ。
お前が少しでも私のことを下に見てきたら、絶対に許さない、と。

 

人は私のことを十中八九、元ヤンキーだと推測するがそれは間違いだ。
中高一貫の三流私立女子校を卒業したが、一度も学校に呼び出されたことはない。ルーズソックスを履いたり、スカートを短くしたりくらいのことはしたが、髪の毛は真っ黒だったし、化粧して渋谷の夜中を徘徊するとか、無断外泊を重ねるとか、そういったことも一切しなかった。オーケストラ部の部長だったし、高校生活はそこそこに楽しんだはずだ。真面目に受験にも取り組んだし、お陰で若干有名私立大学にストレートで合格した。留年せずに卒業できたし、そのまま就職もした。
眉毛はないけど、それは別に反りこみ過ぎたという理由ではない。人並みに抜いていたらこうなっただけだ。

 

じゃあ、なんで、こんな風にしか、人と関われなくなってしまったんだろう。

 

落ち着いて振り返ると、高校生くらいからその片鱗はあったような気がする。

 

高校生。
私が自分の容姿を気にし始めたのもちょうどこの頃だった。
雑誌を見る。その後鏡を見る。気付くことがある。

 

私の容姿は、とにかく若く見える。
16歳の頃に容姿が若く見える、ということはつまり、中学生かもしくは下手をすれば小学生くらいに見える、ということ。どんなに時間をかけて雑誌の真似をして化粧をしてみても髪型を変えてみても、似合わないから最悪だ。
これは当時、致命的な心の傷となった。

 

もう一つ、それに輪をかけて若く見える理由は身長だ。
当時153cm程度(今もさして変わらないけど)。
当時のオシャレ女子の風潮はとにかく背がすらっと高く、頭がゆで卵みたいに小さく顔がつるっとしていて、髪の毛をかき上げてナンボの世界だったから(今もそうなのだとしたら悲しい)、私はどう足掻いても雑誌の世界の住人にはなれなかった。

 

年齢を問われ、高2だよ、と返すと、えっ中学生だと思った、と言われた。
女子トイレで友人と並んで手を洗うと、一人だけ子供がいるな、と思うがそれは鏡に映った私だった。

 

大きく、見られたかった。大人に見られたかった。

 

だから大きくなろうと思った。
どうやったら大きくなれるんだろうと考えた。

 

頭をひねって思いついて、私なりに大きくなったのだ。

態度、だけ。

 

絶対に体の大きい奴らには負けない、という意思が漲った。
今となっては、なんでそっち、と自分で自分に突っ込みたいのだが、そうなったのだから仕方ない。
ちょうどコギャル全盛期だったから、手っ取り早くコギャルデビューすればまた変わったのだろうけど、その勇気はないので、ただ態度だけ偉そうな普通の人になった。

 

ただ、態度だけ偉そうな普通の人。
背が小さくて、顔が幼い、という二重コンプレックスを抱えた結果、
手あたり次第にメンチを切り始めたのだ。
なんてことだろう。
こっちの方が何倍も致命的ではないか。

 

ところがこういう致命的な人が現れると、世の中の温厚な人はちゃんとびびってくれるのである。ヤバい人だから、丁重に扱ってお帰り頂こうということなのだが、当の本人はそんなことに気付かず悦に入って、態度のでかさだけ増長させて大学卒業まで進むのだ。

 

学生ならそれで済むだろうが、社会に入ったらこんなはったりでうまくいくはずがない。
更に、社会というやつは、背が小さくて顔が幼い人間を、学生時代以上により下に見る(と、私は思い込んでいた)。
大人たちは私のことを子供のように扱うのだ。よくがんばったねぇ~えらいねぇ~と。

 

私が感じていたことはただ一つ。

 

舐められている!完全に舐められる!!

もちろん、今はわかっている。
初見ですぐに他人を舐めてかかるような大人はそうそう世の中にいないことを。
だが、あくまでも増幅した私の自意識はそう感じた。ある意味、おめでたいことだ。そもそも舐められるどころか、見られてもいないということもあっただろうに。

それはともかく、この時期を経て、私のメンチ切り体制は、より高度化され完成されていく。

 

性格や態度って、実は洋服とさほど変わらない存在だ。着たい服を自由に着ることもあるだろうし、自分にはこれしか似合わないと思い込みそれしか着ないこともあるだろう。仕事に合わせた作業着のように自分を守るための服もあるかもね。まさしく私のヤンキー的な性格は後天的に、必要に迫られて身につけたものであり、私自身を守るためのものであった。弱くて小さい自分を嘲られるくらいなら(本当は誰も嘲ってない)こっちから食ってやろうと。自分を守ろうとして始めた性格は功を奏して、舐められることは極端に少なくなったが、お陰で不要なまでに怖がられることになる。当たり前である。

 

ところが不思議なもので、舐められるくらいなら怖がられた方がまし、という自己暗示にかかっているので、あんた怖がられているよ、と言われると、ひひひひと笑って喜ぶのである。恐ろしいことだ。

 

そんなこんなで気付けばアラフォーである。
もう何十年もこの性格を身につけているとなかなか剥がし難い。元々は気弱でこうもりみたいな性格だったのに、今となっては生まれた時からヤンキーみたいな性格だったと自分でも錯覚しそうになる。

見た目は相変わらず5~6歳程度は下に見られるのだが、たとえそうだとしても32~3歳の見た目の、でも本当はアラフォーの、初めての人にメンチを切って威嚇してくるヤンキー性質の人間。

 

超絶愛くるしいではないか。私。

 

ひとまずこれを自己紹介として筆を置く。